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link katsuまるはだかぁ 芸術家への道 katsuまるはだかぁ 芸術家への道 (2018/12/11 8:02:35)

feed キウイとローラの相席教室 (2018/11/29 6:57:43)
今日は午後からキウイとローラの相席教室。そんな訳で気分転換も込めて久し振りにもくもく館へ・・・ただ目的意識が低いのと、今のようなトレイクラスの大きさの銘木を買うとなると、何千円と言う価格になるし、それでは価格が値段に反映してしまって高くなってしまうし・・・。

そんな時にリーズナブルになる可能性があるのが、キロいくら?ってコーナーなのね。そこに掘り出し物があれば良いのだけれど、まさ目って川が流れているような感じの木では普通になってしまって、尖がった感じが出ないのと、厚い木では薄く切りたくなるが、そんな事は俺には出来ないし・・・。

仮にそんな事を頼んでは、安い木も高額になってしまうのね・・・そんな事もあって、こう言うのはマメに足を運ばないと中々見つからないのね・・・。そんな帰り道に知り合いの製材所に寄ると、久し振りですね・・・って。そこで厚かましいのは覚悟で、工場の片隅で木の加工をさせて貰えないか?って

頼んで見たのね・・・・すると、連絡くれればこの辺でどうぞ・・・・って言って貰えて。これで長い時間作るような時に場所が確保されたのは、今日一番の大収穫となったのね。そんなこんなでお教室。


先日ローラが作っていたイニシャルのオーナメントは無事にお友達に渡す事が出来たらしく、とても好評だったって事で何よりな話になり、そんなこんなでこの作品となるのだけれど、やはり厚みのあるタイルは切るのが難しいし、進まないのね・・・まずはそんな説明から。

そんな時に、キウイの相席って言うのはワクチンにもなるし、ウイルスにもなるのね・・・それは、楽しいから。そもそもキウイがいる教室は非常に緩い雰囲気になるのね・・・だからメチャメチャ和気藹々な雰囲気になるから、一緒になって楽しんでいると、さっそろそろやろうか・・・となった瞬間、

この作品を出されると、今まで楽しく平等な感じだったのも、はっきりした差が生まれるのね。勿論、上手い人だって思っていて、仮に今日初めての人であったとしたら、いきなりの大差と感じるのか?あぁ長く通っているとこんなの作れるようになるのか?どんな気持ちなのか?は判らないけれど、必ず何かを

感じるものなのね。ただどんな気持ちか?と聞かれた事が無い人は、自分の気持ちなのにも関わらず答えられなかったりするもので、そもそもそれがオリジナル制作に取って一番大事な事だったりするのね。それを好みの色が一番大事だったりすると、その色が無いだけでテンションは下がる。

つまり自分の色を作れる絵画には向いているが、人が作った色の中で作るモザイクには向いていない事になるのね。そもそもモザイクって言うのは、究極の不便さを楽しむものな気がするのね。何しろ色は少ないわ、硬いタイルを色んな形の模様に切りたかったり・・・不便ばかり。

そんな中、いかに熟練した腕で色々切れるようになったりするから、形に安定感が生まれるものの、その腕を持ってして何を作る?となった時に、いかに構想だったり、想像を持ってして、人とは違うものを制作する・・・そう言った事がオリジナル制作だったりするのね。

それはサンプルを真似しているだけでは頭打ちになるから、飽きる事もあるかも知れないし、逆に構想疲れをしてしまう事もあったりするのね・・・って話を戻して、キウイのような大作の人達はそんな事も並行にやっている人になるのだから、見た目のモザイク以上に大きな差があるのだけれど、

お茶の時間の陽気な時間はそんな事を一切感じない分、モザイクが始まった瞬間、大きな差が生まれるのね。何しろ方や切る事には一切困らないし、繰り返しのような場所なら黙々と進んで行くのね。しかも、さっきのお茶の時のような話をしながら・・・しかし、切る事がやっとだとそれは出来ない。

要するに差を感じる事で、更に進まない・・・って気持ちになったりもするのね。だから、常にその差の説明になるのね・・・進まない事が普通なんだ・・・とね。キウイが異常なんだってね。ただそんなキウイも昔、子供が小さい頃、自宅で子供が寝静まった頃に深夜にコツコツやったりしていた。

それは人に上手いって言われている人達みんなに当てはまる事であって、一夜で上手くはならないのね。そこに行くまでとてつもない数や時間を掛けていたのね。それが仮に今そんな事をしていなくても、その時間が基礎だの土台になっているから、その差なのね。

けれど慌てても無理だから、気長にやって行くしかないのね。そして続けていると、必ず上手い人が上手くなったね・・・って声を掛けてくれるような時が来るもので・・・それを自分で上手くなったか?と評価を自分で決めているようでは、まだまだなのね。評価は人に委ねないと。

ただ一体誰の評価を信じる?ってなった時、やってもいない人に技術の感想を聞いても意味が無いし、そうなると自分よりも上手い人に技術を聞いた方が良いし、逆に作品としての雰囲気みたいな話は、別にモザイクをやっていなくてもモチーフになるものに詳しい人の方が参考になったりする。

つまり評価は人のものだったりするのに、人にダメージを受けたり、与えたり、人に喜びを覚えたり、褒められたリ、けなされたり・・・しかも言った方も言われた方も自覚が無ければ何も起こらないだろうが、何も起こらないのなら聞くまでも無いのね。要するに必ずしも自分の思い通りの感想が来る

とは限らない訳で・・・聞くも答えるも覚悟が必要だったりするもので・・・。そう言う気持ちが相手に伝わるのなら、それが参考になる事はあっても、上っ面の良いじゃん・・・を100個貰っても、ただ気分が良くなる人はそれはそれでプラスになるだろうが、その先に何かあるかな?と思ったりする

・・・何しろここまでこだわってやっていても趣味・・・まぁローラに言う事は1つで、騙されたと思ってこのまま進んで、慌てないでこの作品が終わればきっと、終わった人にしか見えない事が待っているから・・・まっそれだけなのね。

常に信じる者は救われるのか?触らぬ神にタタリなしなのか?は、昔からある言葉で、どっちを信じるのも自分次第。ただねぇ、何もかもをこの2つの1つを選ぶとねぇ・・・全部の事例を1つ側に片寄ると、かなり片寄った考えになるだろうから、俺の場合は常にこの事例はどっち?って決めているかな?

勿論、上級者になると、3つ目の意見・・・・それがその日の気分・・・上級者は色んな事が出来るが故に全てがきちんと予定調和になりがち。そこをあえて崩す意味のその日の気分・・・それが着崩し的な考えであり、きちんとした部分がきちんとしていればいるほど、崩した部分が目立つ・・・

崩し過ぎればだらしなくなるし、きちんとしたままでは息苦しい。ただ自分はそう思っていても、人から見たらどう見えるか?・・・また元の話に戻る訳で・・・自分で決める人はワンマンになりがちだし、そうなると果たして俺も必要かな?・・・って疑問も起こる。

逆にある程度切れるようになって、どうすれば良いですか?・・・ではかなりの依存な感じになる。いずれにせよ、最初は切る張るって技術の向上は時間で解決する事が多く、何しろ繰り返す事なのね。しかしながら、考える・・・構想・・・想像は、いくら切る張る技術が上手くなっても、また1から

なんだ・・・って気持ちさえ持てれば、何でも無いが、それを誤ってしまうとおごりにも思える結果を生んだりもする。いずれにせよ、キウイをワクチンに使えるようになれば時間は掛かるが、高洲のメンバーのように、あの位になれるって可能性があるって事になるのね。

まっ、そう言う点では今の所はローラにはワクチンの作用が大きいかも。

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