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link katsuまるはだかぁ 芸術家への道 katsuまるはだかぁ 芸術家への道 (2019/7/18 20:55:22)

feed 棟梁にりょうさんにラパンさんの相席教室 (2019/7/2 23:50:54)
今日は棟梁にりょうさんにラパンさんの相席教室。3人共に課題のようなものが実はあって、例えばラパンさんの場合、この絵はオリジナルでは無いんだけれど、コピーのような色合いまで真似て贋作のような仕上がりでは無くて、色合いは変化させているのね。簡単に言うと、実物よりも派手になっている

・・・となると、特に実物に寄せる必要は無いから自由なんだけれど、その自由が不自由になったりもする。それは変えてしまった事で自分でいちいち考えないとならないのね。ただ全て形としての輪郭部分は実物寄せだけれど、色が自由なだけにあれこれ悩むと、変えてしまった分、どうして良いか?

そんな深みにはまるのね。しかしそれをここはそのまま実物と一緒で良いかっ・・・って勝手な事をすると、何か違和感を生んだりする。要するに一度変えたら常に変え続けるしかないのね。ただここに矛盾が生じるのね。つまり色合いが実物は曖昧な感じだったものをこうして色数を増やした・・・。

つまり受け入れたのは輪郭であって、色では無い事になる。それなら、実物の色を却下したのだから、頼る必要は無く、自由にやると良いだけなのに、その自由な色合いに悩む事になる。でももし実物に寄せていたら、色は選べず形に専念する事になっただろうね・・・。ここね。つまり実際はその悩みこそ

きちんと切る事の大変さの箸休め的な楽しみなんじゃないのかな?と思ったりするのね。では逆にりょうさんの場合は・・・


全く逆で色合いも決定しているから切る事だけに専念出来る・・・しかも1か所1色みたいな感じだから、色に惑わされる事がほぼ無いのね。しかも性格上こうした単調な繰り返しを難儀に思わないのね。つまり若干、ラクになりやすい。そこで決まっていた色より薄い番号を全ての色に1色追加させたのね。

これで必ず1色完結にはならず・・・こうして2人は、本来きちんと切る事が重視なんだけれど、それのみでは気分的に乗れなくなるだろうし、そんな中での色で気分転換を図るラパンさんは、切る事だけに専念では気分転換が出来なくなり追い込まれる気持ちになりがちになる。ただ実はそれによって、色数

の多さでその色の事も考えなければならず、良い事と悪い事の背中合わせを味わう事になるが、逆にりょうさんは最初から色が決まっていたから、切る事に集中出来る環境を作っていたが、それは安全過ぎて冒険が無さ過ぎる・・・だから、あえて今日は自分の決めた1色にもう1色追加する事で、悩みを1つ

増やす事で悩まずに切る事に専念したい気持ちに課題を与えて、ラクにさせずに考える事でその分、2色あれば陰影や立体感なども出る事も一緒に勉強して欲しいと思ったのね。ただそれも体調や気分も大きく影響するので、調子はどうですか?って問診も忘れずにね。無理強いさせる気持ちは無いので。

同じ考えながら切る課題でも、同じ事を単調にコツコツ進める事に苦痛を感じる人もいれば、全く感じない人もいる。どちらかと言えば、俺は感じない方側に入るが、りょうさんも似ていると思われるのね。逆に棟梁やラパンさんは若干それでは退屈してしまうんだろうね。それが証拠に2人は同じ色

同じ形っぽい事が続くと飽きない?・・・って質問をした事1つでも、飽きちゃう側なんだろうね。だからこそ、あれこれと色も形も気分を変えたいのね。


所がそれはきちんと切れる技術が身に付くと、あっちもこっちも・・・と色んな展開を試す事も出来るけれど、当然悩みも増えちゃう訳で。こう言う事も性格だったり、習慣だったり、考え方だったりするもので、りょうさんだと、気分的にこれだけの色数使うから・・・ともう満足していると思う

のね。既にね。だから何にも違和感も不満も無いと思うのね。いや、むしろ満足なのかな?って感じ。こんな場合、身の丈、身の程って感じの気持ちが多く、それで十分・・・そんなに使うと迷うし・・・みたいな感覚だと思うから、増やせ・・・が指導になる。逆にこれでもか・・ってあれも

の2人には、ラパンさんには、それだけ色数を増やすにあたり、好き嫌いを言わない事・・・って指導になるのね。実はラパンさん、オレンジが嫌いなのね。これだけ色を使っていてオレンジが嫌いでは、パンチが無くなるし、使わないと赤が目立ち過ぎる事にもなる。だから例え少しでも使う事。

ただね、俺食べ物に好き嫌いが多いから、嫌いなものを強制されるのが嫌な事は十分判るのね・・・だからいかに工夫して食べさせるか?みたいなお母さん感覚の指導になるのね。それが棟梁となると、薄い色を寝ぼけた色って表現をしたり、地味な色をきったない色ぉぉって表現したりして・・・。

ここには使いたくないとか、技術は優れているのに表現が幼稚な事が多く、何しろ自分の考える意味合いに沿って、単なる好みで作らない事が指導になる。良くコナンだなぁ・・・なんて言うんだけれど、見た目は大人、中身は3歳みたいなね・・・あはははは。しかも技術があるからタチが悪い。

何しろ口にする表現力アップが大事になるのね。今まではそれを感だけに頼って作って来たんだろうね・・・そして腕でねじ伏せる作り方でね。何でもかんでも器用だから上手い。でも、それを活かすも殺すもオリジナルは表現力。感性、感受性が大事なんだけれど、何しろ片寄っているのね。

かなりね。もっと物事を中心に立ってやじろべえみたいに、ユラユラさせる事。それこそがバランスを取る事になるのね。だから指導の全ては普通探しになる。何の話でも普通はどれ?ってみんなと話して、自分との距離感を図る。何しろそれで極端になり過ぎない・・・それが勉強になる。

何しろ思い込みの強い人なんでね。ただそれが上手く回れば、とんでもない個性的な作品作りになるのも事実なのね。けれど、逆にやり過ぎにもなる。その考え方のみで突き進むのでは無くて、押すのみでは無く引く考え方だったり、その引くは、引き算とも言えば、レースのカーテンのような、

隙間、後側、白のみ・・・みたいな考え方1つで、その腕があれば、色が沢山やら、後はバックとか、ギッシリに足し算みたいな考え方では無い、方法もあると思うのね・・・まずそれを身に付ける為の練習が口にする表現力アップだったり、アクセル的な考え方だけでなく、ブレーキだったりして、

その役目がりょうさんだったりするのね。この2人は中々良いバランスでお互いに無いものがあるのね。逆にラパンさんは棟梁よりの考え方だったりするから、側にいればかなり何もかもが勉強になるだろうが、棟梁にブレーキを教えないと、似ているが故に大きな失敗に繋がってしまうと思うのね。

何故なら感・・・ここね。感の働く人の感による危険回避能力は教えて見に付くもんじゃないのね。だから棟梁と一緒にやっても、独りでやる時に、大きく差がついてしまうと思うのね。だから、そうなる前に棟梁にブレーキ・・・って感じになる。何せ中心人物なんでね。あははは。

いずれにせよ、こんな事が腕うんぬんの前の考え方だったりもする。何せどれもこれもここまでの大作・・・ただタイルを切って張るだけじゃ済まないものばかり。3人共それが大事だって思うようになってくれているので、どんな話題を振ってもきちんと答えてくれるようになったのね。

それによって、三者三様の意見交換が出来たりして、その違いに変化がある事にも気が付けたりして、そうなると是正も、しやすかったりする。何しろ先生の頭ごなし・・・的な気持ちにならず、生徒同士の意見交換となるからね。ただそこを曖昧にすると、それでも良いんじゃん・・って、自分の

都合の良い判断や解釈になるもので・・・。それでは一切是正には繋がらないのね。だからこそ、そう言う関係性がある相席と無しでは、大きく変わって来るのね。そう言う点では、かなりスムーズになった気がするのね。そんなこんなお教室の後は、かぐやを迎えに羽田へ。

明日はリバティさんの現場に連れて行く。

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