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外部サイト新着記事 - 色々とあった1日・・モザイクとは関係ありません、あしからず。


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link katsuまるはだかぁ 芸術家への道 katsuまるはだかぁ 芸術家への道 (2019/12/10 15:46:40)

feed 色々とあった1日・・モザイクとは関係ありません、あしからず。 (2019/11/20 6:32:36)
今日はお教室がキャンセルになり、その時点で行きたい場所があり、手ぶらな訳にも行かず地元の銘菓を買ってから、その人に連絡して伺う事にした。それは恐らく30年以上毎年確定申告の時にお世話になっていた方なんだけれど、先日、その方から封書が届いたと父から連絡があった。

しかし、時期が余りにも早く、ただこちらもやる事が多く、しばらく受け取りには行けず、そのままの状況が続いたが、受け取りに行った時に、事の重大さに気が付いた・・・いつもの厚みでは無く今まで見た事無いサイズ・・・この見た目で中身はピンと来た。

あぁ、もう辞めるのかな?・・・しかも辞めると言う事は体調が悪いんでは無いか?・・・そう思いながら、出来ればそうじゃ無い事を祈った。しかしながらやはりそうだった・・・それを知ってから、今度はいつ伺おうか?と悩んだ。時間が空いた時に伺えば良い・・・では無くて、きちんと

時間を取って今までお世話になったお礼と最後のお別れをしに行かないとならない・・・そんな日になる覚悟を持ってからじゃないと伺えない・・と思っていたから、しばらくまた時間が経っていた。そんな中のキャンセル。もう神様が行きなさいとでも言っているようで決めた。

すると、やはり相当体調が悪いらしく、けれど今お会いしている姿はいつも通りで、何らお変わりが無い。だから尚更ため息しか出ない。何て言う言葉を言えば正解か?も判らない。ただ、今まで有難うございました・・・と、出来れば売れたと判断出来る資料を持ってここに来たかった・・

その2点だけで、いつもなら1年に1回のお会いした時の報告やら、昔話をするのだけれど、今日はいつもとは違いお付き合いの最終日・・・。そんな気持ちである。こんな日をきっと電話でやり過ごす人もいるだろうし、連絡もせずなんて人もいるだろう・・・。でもそうは出来なかった。

何せ30年以上の時間、恐らくこれが最後になるのでは無いか?と思われるその日の過ごし方・・・やり過ごす事が出来るのならそれも1つの考え方なのであろうが、俺は直接会う事を選んだ。しかも車ならホームセンターにでも行くような距離・・・言い訳にもならない。

そんな気持ちを抱えた時間は長いような、短いような、でもここでも爪痕になるような時間にはしたい・・・良くも悪くも心に残るなんて事は、仮にし尽くしたと言うのなら、最後位黙りたいし、仮に最後に何か?もう少し・・・と言うのなら、絞り出すのも良いだろう。先日のタイル屋さん

の時は、黙って終えた。でも今日は絞り出す方を選んだ。そして、当たり前のように1年に1回ここに伺って、当たり前のように、またと帰る。来年こそ、来年こそと思いつつ、お恥ずかしい結果を見せ、叱咤激励を受けて来た。だからこそ、どんな生き様をしていたか?良くご存じな方。

ただ結果はともあれ、自分の道を見つけられたのは凄い事だし、継続している事も褒めて貰った。確かにどんなに腕があってもそんな人はごまんといる。しかもそれだけでは継続し続ける事は難しい。だからこそ継続は力なりと言う、簡単では無い・・・と言う言葉がある訳で。

良く続けられていると思う・・・仮にそうだとして、俺も20年続けたタイル屋を辞めた事がある。その時は辞める事よりも、新しくやるモザイクの方に期待と不安を抱えつつも、そっちの魅力にその実績は辞めるに当たっても何の抵抗も無かった。見送る側と見送られる側のような・・

それは明日が勝ってしまったからだろうとも思う。昨日より明日と。それは明日がまるで保証されているように・・・当たり前のように思っているから。でも人は大抵こんな時に明日は必ず来るものじゃ無い事を思い知る。しかしそれでも明日があるかも知れない奴は生きないとならず

・・・本来なら普通は葬式やお通夜にそんな事を感じ、お坊さんの説法を有難き事のように聞くものだが、俺は一切思わない。その人が生きていようがいまいが、夜桜お七の歌詞では無いが、会わないのなら死んだも同然・・・と言う事。お墓の前で無くな、そこには何も無いと言う

歌さえある。ならば、生きてながら今までの付き合いの供養と考える。その人との話なんて、毎年いつもやって来る時間だったはずが、同じ時間のはずなのに、重く感じる・・・最後だからと。ただそうであっても、結局いつも通り応援される身としては、いつもと同じ報告しか出来ない。

結局無力である。今日の今日訪問した事だって、大人の対応ならもっと前もって連絡すべきだし、30年の最後なら、もっと気の利いたものを持って行くべきだろうし・・・何もかもが足らない気持ちでいっぱいだからこそ、足を運んで感謝とお別れをするのを選んだ。けれど無力。

長年やっていた事をご病気で辞める。しかも俺のように何かと引き換えでは無く、ただ無くす・・どんな気持ちなのだろうか?俺のような者には計り知れない。単純な話で、子供はやった事があっても親の経験が無い。自分が世帯主として家族を持った事が無い。あってもままごとの1年。

抱えているものの大きさが違い過ぎる。残して行く人がいる・・・そんな中で、いつものように笑いながら話している。凛とした態度で。ただただ凄いな・・・ただただ感謝、それではただただ無力さを思い知るだけである。

ただ、もし1つだけあるとしたら?お互いこの話が誰かに出来て、その人と共有された時、それが何かの足しになった時、何か意味を成す気がする。それは親父さんの代から付き合いのある両親だったり・・・そんな中、かぐやに報告となり、一度もお会いした事が無いのに、毎年話が

出て来るので、残念な気持ちになります・・・と聞くと、こう言う終わり方って言うのもあるんだよ・・・って1例になれば、何かの足しになるのでは無いか?もしそんな選択がかぐやに無かったのなら?受け入れればワクチン、拒否すればウイルス・・・どちらにでもなる。そんな話。

必ず自分にもそんな日が訪れる時が来て、この話を経験値に加えられるか?他人事にするか?は自由で、受け入れると今、小さく傷付き、受け入れなければ、その時に大きく傷付くだけで、選ぶのは自由。しかし中々選ぶって言う行為は勇気のある行為で、大抵は何と無くって曖昧にする

・・・そんなもんだろうが。きっと。いずれにせよ、そんな時間に終わりが来た。最後にいつもなら、また・・・と言えるのだけれど、一方的に頑張って・・・と相手はいつものセリフで見送られた・・・。

いずれにせよ、そんなこんなでの帰りの道中、この後また人と会うので、リセットするまでには至らないがホームセンターに寄り道。多肉のコーナー眺めてアトリエに。その後は、リバティさんの見積もり。先日の機関車の引き続きの分。ただいつやるか?は未定で、材料の確保なのか?

何にしろ普通の見積もりとは一切違うんで、1回で終わる話では無く、何回で終わらせるか?何年掛かりなのか?みたいな特例な話。そうね、ただ仙台の保育園ではそんなやり方であったけれど・・・。だから俺には経験があっても、リバティさん側なら初めてな話。しかも打ち合わせが、

奥さんとなんで、色々とハードルがある。そんな中、見積もりが終わって連絡すると、今からでも・・・となり、向かう事になる。一応、今の状況、1回で完了では無い話、いつやるか?先の長い話の中では、材料だけでも・・・の確保の話、見積もりと言うよりも説明に行ったような。

そんなこんなでそれも終わり、帰る道すがらのホームセンターへ寄るも、ホームセンターに変わりは無いのだけれど、俺の気持ちがそんなだから、数店巡ってもいつもならワクワクする事を発見出来るのに、何を見ても素通りになってしまう。単なる品物でしかない。

ただ残念な事にそんな気持ちでもお腹は空く。あっそう言えば、朝、銘菓を買った時に小松菜どらやきを1つ食べたきり、何も食べていなかったっけ・・・もう7時かぁ・・・それじゃとアトリエに戻って明日の支度・・・と思いきや事故渋滞。7なんやかんや遅くなった。

そして今日が終わり、きっとまた明日が来る。

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