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link katsuまるはだかぁ 芸術家への道 katsuまるはだかぁ 芸術家への道 (2020/2/26 9:04:09)

feed かぐやと新モンゴル日馬富士学園モザイクスタート (2020/2/12 7:56:32)
今日はかぐやといよいよ張り始め。やる事は下絵をリップルの黒で縁取り。モザイクの経験者だったり、かぐやや俺の実力を知っている人なら、単なる縁取りじゃん・・・って思われるかも知れないが、タイルを張る、切るって事と、絵を作るって意味は大きく違う話なんだけれどね・・・。まずは失敗をしないだろうって場所から、

タイルを切るって行為を始める。そこで失敗のダメージをせずに、タイルを切るタッチに馴染むのね。そして1時間位経つと、結果として2人でこの位のペースで、この位のグレードで進めるんだな・・・って目安が確認出来るのね。勿論、まだ疲れも痛みも無い状態で・・・なんだけれどね。そしてこれが一番簡単な部分だって事。

例えばこの縁取りの話って、もしパソコンみたいな機械の線を切って行くとなると、幅を揃えてずっと進むのだから、半分にするとか、3分の1とかルールで切れば、お互いに意志の疎通は取れるし、技術が均等であれば、どちらが切ったパーツであっても、区別が付かなくなるものなのね。つまり2人で作っても1人のように

なる。それがクネッと曲がるカーブになると、さてどう切る?って事になると、人に寄って長さも変わるし、一見、色は黒で同じであっても切り方で雰囲気は大きく変わるのね。でも、俺の教えた生徒なら、きっとこうなるだろうな・・・って思うだろうから、恐らく腕は違えど考え方は似ているだろうし、かぐやだから俺とは違わない。

だからここも一緒。そこに複雑さを加え段々細くとか段々太くとか、変化が必要だと、例えば筆タッチなら、ドンと置き、一度止めてからのスウーっと引いての時に、筆を引くから細くなり、止める時にグッとストップさせたりして、そこからはねたり・・・みたいに明らかにボールペンやマジックのタッチとは違って来る。だから、

当然どんなタッチ?って質問が来るはずだから、こんなタッチで・・・って言うと、こんな感じ?って返って来て、10cmもやってもらえば、じゃそれで・・・なんて事になる。だからここにも変化は無いのね。ここも全て時間が解決の話になるのね。所がそんな簡単な事ばかりなはずも無く、様子を見て一番重要な場所となると、例えば

生き物の目なんて作る時、2つがそれなりのバランスが必要になる。それが例えば花とかの場合に2本なら、1本ずつ作って差が出て当然だし、けれど咲いているのとつぼみだったり、色が変わったりするだけでも、雰囲気は大きく変わるのでそれもビックリする程、問題にはならないし、もっと言えば数を増やせば、量によって

豪華にも見えたりもして、色んな方法はあるが、目はそう言う訳には行かないのね。例えばさっきの単なる縁取りの場合は、タッチだけの問題だから、大きさ、幅だけだし、カーブにしてもこんな感じって言う切り方がある。けれど目の場合、優しい眼、怖い眼、なんて言う喜怒哀楽が付けられたリする。そうなると、お互いの

感じ方でのすり寄せだから、綺麗な好みとか、味の好みなんて感じの話で、微妙な表現の食い違いなんてもんが大いにある。ただ、こう言うと勘違いしがちだけれど、同じ人が作ったらどんな事が起こって、違うとどんな事が起こるか?・・・なんて何か話がごちゃごちゃになりそうなんだけれどね・・・。一旦、話を置いといて

・・・確かピカソだったかな?自画像を描いた時に老いてから、やっと子供らしい絵が描けた・・・みたいな話。この話の解釈を俺なりに考えると、著名な画家なら技術はあるはず。つまりデッサン力があるはず。それなら子供と比べて技術が負けるはずが無いのね。そうなると、やっと・・・のやっとは何だ?って事になる。

それは技術じゃない部分な訳ね。そうなると、何が?になり、子供の絵を思い浮かべると、眼がずれていたり、鼻が曲がっていたりする。そうなのね、人の顔は左右ずれていたりするのね。子供は技術は無いけれど、見たまま描いているのね。けれど、良く見てズレ過ぎちゃうんだろうね・・・きっと。技術が無いから。

けれど、それでは美しさが損なわれる。だから大人で技術があると補正したくなる。ここにたどり着くのに時間が掛かった・・・って解釈なのね。俺は。つまり1人で作る時は、それを踏まえて揃えるとか、揃えないとか・・・とやっているのね。けれど、それは単なるバランスであり、上っ面の事なのね。もっと奥にある話が大事。

それが最近良く聞く、伏線の回収って話。人はこんな事に感動をしたり、感心したり、共感したりするのね。本当に凄いのは技術も必要だけれど、その伏線を張る技術って考える行為が必要になるのね。例えば、俺は常に願う事と憂う事を柱に、良い事と悪い事とか、比較対象を使ったり、そこに意味を持たせたりもする。

簡単な場合、家族構成。男が2人に女が2人なんて場合、花なら4本色違いで・・とか、星座、花ことばだったり、子供に彼氏や彼女、いや婚約者とかになれば、虫がやって来たり、近隣、環境、状況・・ありとあらゆる事を考えたりもする。勿論作品の場合ね。でもこれが表札なら、そんな事はいらないでしょ?でも今回はいる。

そうなると、どんな目?って考えないとならない。でもね、普通下絵通りに切れば良いんでしょ?・・・と思いがちなのね。勿論、さっきまではそうだった。でも目。世の中は二重に整形を考える事がある。それならとんでも無くこだわるべきなのね。輪郭だって内側の線と外側の線なら、2cmは変わる。何せ大きいからね。

2cmも変わればかなり太るよ・・・って事になる。つまりこだわれば数mmは命取りになるのね。だから意思の疎通。どの位?が常に大事になるのね。例えば薬。大人2錠って・・・俺も相撲取りも一緒?って話。つまり制作するって言うのは、薬剤師みたいになるのね・・・この人の場合、どんな調合にする?ってね。

こんな考え方を踏まえて、最初は似ているって言う事を意識して、モチーフの魚、花、鳥、景色・・・みたいに真似る練習。けれど、それを超えるには、どんな?を全てに付けると、どんな魚?って付けると、うっかりすると、サバだのアジだのって品種を言いがち。違くて、どんな比喩とか、どんな意味?って部分の話なのね。

例えば孤独な魚・・・となると、迷子になっちゃったのかな?とか、敵から逃れるのに必死で群れとはぐれたのかな?いや、連れ添いと別れた後なのかも知れないし、子供がはぐれたのかな知れない?・・・みたいに。それを竹内まりやさんなら、救済してくれるから、切なさのみにはせずに、けれど・・・って希望を入れてくれる

。遊び心と言うのなら、例えば、水戸黄門の主題歌の一節に、いきようよ・・・って歌詞がある。それを漢字にして、生きようよ・・・にすれば、頑張れとも聞こえる。しかし、これを意気揚々・・・って聞こえたとしたら?ケセラセラぁ・・・とも聞こえる。つまり1つの言葉で、色んな意味を持たせる事で、広がりが変わって来るのね。

例えばスキマスイッチさんの全力少年では、おいてかれんだ・・・って歌詞がある。この場合、置いて行かれるんだ・・・とも聞こえるが、老いて枯れるんだとも聞こえる。つまり絶望感が大きく変わって来る。こんなさじ加減が、聞く側の気持ち1つで変わる様に、作者に伏線を張られている訳で・・・。まぁ毎日、かぐやとはその

感じ方のやり取りはしているが、常に電話・・・表情は見えない。しかし、目の前にいる場合、全ての行動が視覚から入る。いつも聴覚だけなのに・・・。だから微妙なニュアンスの違いがいつも以上に判る訳で。それをすり寄せ行為の違いが満足するまでやれば、当然時間は掛かる。昔、ヒカルの碁のsaiを作った時に、目を

ある人に、お前がそんな気持ちだから、そんな眼を作るんだ・・・と言われて、悔しくて剥がした事があって、その時に来ていた友人がそれを直す為の相談相手の目になってくれて・・・2つの目が揃うまで2週間掛かった事がある。しかしその眼は以前よりも静かなのに恐ろしい程、怖かった・・・そいつだけはそれが判った。

katsuちゃん今の方が恐ろしく怖いよ・・・でもこっちのが良いってね。そうね、そんな経験があるから、それをかぐやと目を1つずつ作るって決めていたのね。だから結構な時間は覚悟していたし、もしかすると最後は俺がやらないとならないのかな?・・・とも思っていたけれど、何とか3時間位で済んだのね。ただお互いに

結構向き合い疲れしたかもね・・・。でもかぐやは有難うございました・・・ってほっとしていた。そうね、かぐやに取ってはこれこそが、お教室であり、お稽古だし、日頃の成果を見せる時だし、もっと言えば、それが上手く行くのなら、ライバルとして俺は迎え撃つ気持ちじゃないと、同等なら教える事は無い訳で・・・。

ライバルとは上手いから切磋琢磨になるし、勝ち負けにだって繋がる。上を目指せば切り掛かっても来るし、当然俺ばかりが正しい訳じゃない。でも、それを決めるのは責任者である俺なんだけれど、何処まで任せられるか?となると、ライバルとまで言うのなら、グランメゾンの最終回のようになるし、覚悟が問われる。

お互いにね・・・勿論、朝ドラでも同じ。傷付け合う事もある中で、一緒に作るって言うのは、そうした経緯あっての作品なのであり、ただ出来たでは無くて、いかにプロとしての伏線などのテクニックを入れられるか?なんて事が俺には大事な事なのね。大体、かぐやに切る張る技術なんて言う事は無いのね。そんな後は、

色々と訳あって千葉に行く用事があり・・・

katsu散歩。少しの時間だったけれど、その割に通行人よりもキャッチのお店の人に声を掛けられたりして・・・それなりの成果があったのね。

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