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link katsuまるはだかぁ 芸術家への道 katsuまるはだかぁ 芸術家への道 (2020/6/3 5:40:04)

feed Ducatiのモザイクの後輪 (2020/5/20 7:33:17)
今日はまた丸々1日Ducatiのモザイクの後輪。まだ張り出して2日目なんで比較して貰えば判るだろうが、11時間ちょいやってもこれ位しか進まない。そうなると、タイヤ1個1週間掛かるって事になる。しかも前輪はもっと複雑で一回り小さいとなると、これと同じようには出来ないから、再現出来ない部分をどうやるか?って

事も必要になる。いずれにせよ、それも踏まえて、ここは見せ所部分だから、より繊細な方が、インパクトがあるとは思うけれど、まぁ進まない。ただ時間は掛かっているが、仕上がりは中々だと思うんで、果てしなさと報われ感はまだイーブンな気持ちをキープ出来ているのね。これが時間は掛かるわ、質が思ったよりも上

がらないわでは、割りが合わなくなる気持ちが勝ってしまうと、気持ちが乗らなくなって来る。けれど乗ったら乗ったで、能率効率重視になりがち。そうね、例えばパズル。ワインでも片手に、あっ入った・・・って言うのが理想。つまり夜のお遊び的に、忙しい人がのんびり・・・って言う時間の過ごし方って感じになるが、それを

買って来てから外側の平らの部分はこれ、四隅はこれ、次は色分け・・・あっこれ繋がるじゃんなんて、やってしまうと、目的が何だったか?そのパズルをどうするつもりで買ったか?になる。それが暇な時間にゆっくり・・・なら、能率効率は最低限にしないと、せわしくなるし、逆に早く飾りたいのなら、能率効率重視にならな

いと。早くって気持ちに結果が付いて来ないと、今飾りたい・・・だけだから、それを過ぎてしまうと、どうでも良くなる気持ちになる。こんな事が普通に起こり得る事。だからどちらでも良いが、丁度良い自分を探さないと、大体がどっちかになる。だからこそ、今回の案件はこっちより、あっちよりと基準のような事を決めて進

めると、少なくとも大きく外す気持ちにはならない方向に向かえるが、それとて所詮気分。見込み違いも生まれるし、けれど、何も無しでは、ラッキーと、どうしてこんな事に・・・の繰返しになる。それを予定した中で、質も時間も予算もその中で・・・って言うのはかなり難しいもので。しかも毎回慣れる事は無く、常に新しい事

だったりする。そんな事が毎日続くって、自分がそんな道を歩くようになって判るのは、クリエーターの人達って言うのは、これでヒットを生まないとならず、1発のヒットが欲しいと努力を続け、出せないで終わる者、仮に出せたとしても1発屋で終わる者、それをずっと続けて行ける者・・・様々であり、こんな事をしていたん

だな・・・と改めて思ったりもする。それが不安になって、このままいつまで続くのかな?と思った時もあったり、何で?どうして?を繰り返していると、結局辞める選択が無い以上、やるしか無いかっ・・・ってやっていたりする。少なくとも、消して楽しいって制作では無いもので。ただ、何でも続けるって言うのは、必ず上手くな

る。そうね、月並みだけれど、腕は裏切らない・・・って言うのは、その日々の繰返しで得たものなんだろうな・・・けれど、その先。確かに技術と言う面なら、その繰り返しだけで良いが、オリジナルを作りたいって言うのなら、発想やアイデアって技術が重要になる。いかにそこも腕に負けないように反復出来るか?なんだけれ

ど。そんな中、朝ドラで古賀政男さんと古関裕而さんの話。良くこんな話があると、普通は主役に感情移入したりする。けど、この仕事になってからは、そう言うのは無くて、ある意味全部だったりする。例えば、古賀さんはヒットメーカーだから、小室さんとか米津さんとかと思えば良いんだろう。そんな人が同じレコード会社

で、ライバルとしていて、同じようにヒットが出ずに苦悩している・・・2人共、その先に成功する事も知らずに。でも、一緒になら安心みたいな気持ちになったりもする中、独り者の古賀さんは大衆に寄りそう音楽でヒット連発。そうなると焦りも出るし、プレッシャーも掛かる。しかも既婚者。対比としては十分過ぎる。ただ結

果として、阪神タイガースや読売ジャイアンツや、オリンピックに早稲田の応援歌を作った人になるのだから、流行歌では無いが、ずっと残る曲を作った事になる。しかもスタイルって言う部分では、大衆音楽の古賀さんはリサーチする為に呑みに行く。しかし古関さんは自宅に帰る。更に寄り添うってスタイルは、今そこに

いる人達に向かて・・・だから、まるで自分の事を歌っているように聞こえる。所が古関さんは結果として応援歌のような歌になるのだから、個人個人に合わせに行くんじゃなくて、我ら・・・なのね。団結って言うか、一緒って言うか・・・。しかもマーチだから、軍歌のようでもあり、勢いとでも言うか、戦国時代の太鼓みたいな

役目にも聞こえる。その時代を担った人達ではあるけれど、役割が全く違うのね。しかしながら、その結果を知らずに進む若者2人の気持ちで言ったら、既婚者で先を越されて、結果が出ず、その音楽が鼻に付くとまで言われれば、打つ手なしの気持ちになったろうな・・・とも思うし、じゃ売れたら売れたで、そんなに楽か

な?と思えば、必ずヒットになる保証は無いのだから、それはそれは大変だろうなとも思うし、周りの人も手のひらを返したように、変わって行く姿は若き古賀さんには、どう写ったのだろうか?なんて思うし、支える奥さんにしても、手伝える訳も無く、まるで子供でも見守るような気持ちなんだろうし・・・。そんな事を随時掘り

下げて、自分に当てはめて、もし成功するのなら?どっちよりのスタイルなのかな?・・・みたいに。いずれにせよ、古関さんは早稲田の応援歌で変わって行くように、売れる人には必ずターニングポイントがあったりする。ずっと言い続けている、落語の、はたののりゆきでは、観音様を彫って。そこに共通するのは、最初は我

を通すスタイルだった事。古関さんは、こんな所で・・・とレコード会社の否定までして、自分自分と言い続ける。落語のはたののりゆきも、先代と比べられるのが嫌だからか?オリジナルが作りたいのか?は描かれていないが、いずれにしてもスタイルを変えない。それを落語では母の頼みで1度だけ変える。それが観音

様。今まで作って来たものとは全く違って、かっぱだか、タヌキだか判らないもの・・・から、観音様では、観音様なら誰もが判る。ならば腕のみが試される。それで開花した。ならば古関さんは?考え方が変われば、実力者なのだから・・・でも誰が変える?って奥さんなんだろうね・・・プリンスも言ってたし。あなたが全てって。

最初の古関さんは音楽を始めてから、音楽で何一つ困ってはいない。困った事は全て生き様。ある意味、レコード会社に入ってから、初めて音楽に困っている。当たり前なのね、プロとしてお金を貰うのだから・・・だから初めてのプレッシャー。それまではタダだったから、みんな喜んでくれていたとも取れる。勿論、結果

が判っている事だから、そうじゃ無いんだけれどね。むしろ独り者としては、古賀さんはどうやって切り抜けたんだろう?に興味が沸くが、大衆に寄りそうって考え方は、その人達がどんな想いで・・・と見て、聞いて、反応を見て・・・になるだろうし、逆に古関さんの応援歌は、団結みたいな事だから、我らと思える提案をしな

いとならず、しかも我らは、神々しくもあり、格式や品位なども問われる。まぁどれもこれも俺には無いものばかりだな・・・と思ったりもする。とは言っても、大衆って言う広いくくりも、これまた大変で、ただそれでも依頼品としては、個人のその人へ・・・って作り方としては、割と成立していたりする。ただ売れるって言うのは、

いずれにせよ、広いくくりを相手にするものだから、個人的な依頼の中では、感情移入をみんなにして貰いづらいものだったりするだろうし、見るモノ全てがかっぱダヌキにも見えるだろうし・・・そう言う意味では、このDucatiのモザイク。そのバイクに似せるって言うのは、観音様を作っているようなもの。誰もが判る。終

わった時に、このグレードが保てれば、今までのかっぱダヌキとは違う作品になっていたら?何かが変わるのかな?・・・・


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